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大丈夫であるように -Cocco 終らない旅-
  
やっと全部観ました。
感想を書きます。

 

映画そのものは110分だったのだけど、
何だか物凄く長く感じました。

それは、間延びしてるとか退屈な映画だとか
そういう意味ではなくて、
「Cocco」という人を110分間もぶっ続けで受け入れられる
精神力が、私にはないんだろうと思います。

映画館で観たら、あの、映画館独特の雰囲気と、
席を立ったらそのシーンは二度と観られないという
恐怖心ともったいなさで
110分ぶっ続けで観られたと思うけど、
自分の家はこう、逃げ場があるから。
だから、思うさま逃げながら観ました。
でもとても良いものを観たと思いました。個人的には。


そこかしこで吹き出して笑ったり、
号泣したりもしたし、
何か色々な想いも抱えたのだけど、
全然うまくまとめられないので、
強く印象にあることだけ書いておきます。




まず、Coccoの元に青森のファンから手紙が届いたこと。
それが旅のはじまり、だということ。

唐突ですが、私は青森が好きです。
島根県民なんだけど。

青森には、今年の1月に初めて行って、
そのあと5月にもう一度行ったっきりなので、
青森のことなんて全然分かってないのだけど、
でも、「好き」って言います。

青森に行ったきっかけは、ラルクを通じて知り合った
まってぃがいるところだったから。
もう、なんか「まち」って呼んでいいのか
「カコ」って呼んでいいのか分かんないんだけど、
私の中では「まってぃ」は「まってぃ」なので、
まってぃって呼ぶね。

初めて出会って、色々お話して、
まってぃの部屋でひたすらお笑い番組見たり
ふたりで落書きしたりして、
屋台村に連れてってもらって、しこたま飲んで食って、
私は本当にあの時、「青森に住んでみたい」って思いました。

島根も雪は降るけど、
青森は島根なんかとは比べ物にならないくらい雪が降って、
私は全然「青森に住むこと」の大変さなんて
これっぽっちも分かってないんだろうなー、ということを
承知の上で、私は、「青森に住んでみたいな」って
思いました。

だから5月も行きました。
主の目的地は北海道で、北海道の帰り道だったけど。
でもまあそのまま素通りすることも出来たわけで。
それでも行ったのは、やっぱり青森が好きになったからだと
思うわけです。

私はまってぃがサイトをやってた頃と言うのを
あんまりよく知らなくて、
(今もあるけど、保管庫って言ってるから
 当時とはちょっと違うんだろうなと勝手に思ってる)
やめた後くらいにチャットで知り合って、
いつだったかな、いつかのチャットで
深夜に私とまってぃ二人きりだけ残ったことがあって、
そこでずーっと(文字だけだけど)喋ってて、
「ああ、私はこの子に絶対会いにいこう」
って思いました。

…別に、深夜までチャットやってたら
みんなに「会いたい」と思うわけではないですよ。
まってぃだから「会いたい」と思ったんだと思います。
会って、それが終っても、また遊ぶ約束をしようと思いました。
「いつ」って言わなくても、ずっと、
青森に行くよ、って約束をしてるもんだと私は勝手に思っています。


まあそんな感じで青森が好きなので、
Coccoが青森に強い想いを抱いてくれたことに
すごく嬉しさを覚えました。
青森県民でもないくせに。




Coccoの「生きる」姿を見ていると、
私はいつも「ああ、私はまだまだ駄目だな」と思います。
でも、画面の中のCoccoも
「こ(自分の事)は全然だめだあ」って言っています。

私は、彼女のことを駄目だとは思いません。

で、また、私も、ここを読んで下さっている方に
「トモエさんは全然駄目じゃないですよ」
って言われることがあります。

だから、そういうことなんだと思います。

誰に何と言われても、Coccoは常に反省して
「全然だめだあ」って言うし、
私も多分、誰に何と言われても、
「私なんか全然だめだ」と言うんだと思います。

自分を応援してくれている人、
声を掛けてくれる人たちを
ないがしろにしてる訳でもしたい訳でもなくて、
ただひたすら死ぬまでずっとそう言ってるんだと思います。

それは何でだかよく分からないのですが。

自分を許してないからなのか。

それとも、「駄目だ駄目だ」って言いながら進むこと
そのものが、「生きる」って事なのか。




「10代って、死ぬことが好きさ。
25歳まで生きる事なんて考えてないし、
こ(自分)だって25まで生きるなんて
想像もつかんかったし、
それまでに、自分が納得いく状態で
綺麗に終りたいと思ってたし。
でも、続けていくうちに、
生きる事に興味を持った。
自分に何ができるだろうって思った」

うろ覚えなんで実際の喋りとは違うと思いますが、
彼女はこんなような事を言っていました。

まあ、10代みんながみんな
死ぬことが好きだとは思わないですが。
自分が10代の頃だって「死にたい」って言ってる人と
「そんなこと考えもしない」って言ってる人といたので。

しかし私は「25までに死ぬだろう派」でした。
(いやむしろ20までに死んでやろう派だったような)
Coccoが言う所の、「死ぬことが好きな10代」でした。

でしたが、気づけばもう26です。

Coccoは言います。

「生きたくても生きられなかった人がいて、
でも自分は生きる事を許されて、ここに生きてるんだから」

だから自分は歌を唄うんだ、
したい事が色々あるんだ、と。

だから私も「死にたい」とは言わないようにしよう、
と思ってました。
「生きたくても生きられなかった人がいる」
「何があろうと、自分は生きる事を許されたんだから」
と。

それでもやっぱり、
交通事故で突然死ねばいいのに、
と思っている事も確かです。


自分を必要としてくれる家族がいて、
友達もいてくれてるっていうのが
分かった上で、
それでも私は
「誰かが終らせてくれればいいのに」
という事を奥の奥の方で願っています。
だから駄目だと言うんです。
ごめんなさい。


私は物心つく頃から今まで
ひたすら自分の事しか考えてなくって、
父親の事があってからは
そりゃ今までより自分の事を考えるのは
20%くらいは減ったかもしれないけど、
でもまだまだ自分本位です。


Coccoは幼い頃から
沖縄を憂いていて
諦めたり悲しんだり笑ったりしてみながら
生きていたと言うのに、
私は、おそらく何の問題もない
(私が知らないだけかもしれないけど)
この島根県で、
のんきに暮らして、
のんきすぎて死にたくなって、
自分の事しか考えてない大馬鹿者です。


こうして文字を書いて、
ここや、ここ以外の場所でも
絵を描いたり漫画を描いたりして、
それを見て何か感じたり考えたり
喜んだり色々したりしてくれる方がいるのに、
まだずっと満たされなくて、
心の奥の奥で
「どこかのだれかの車が轢いてくれればいい」
と思っています。

さっきも拍手解析見たら、
2週間で100回以上の拍手を貰ってるのに、
メッセージや、コメントだって、
もしかしたら勇気を振り絞って書いてる方も
いるかもしれないのに、
私が思っている事なんて、
そんな事でしかありません。

「ありがとう」と言う言葉の奥の奥で、
私はずっと「出来ればもう消えたいです」と言っています。


申し訳ない。




Coccoは「大丈夫であるように願っています」
と言います。
あんな細い体で、
魂から張り上げるような声を出して、
「みんなの、明日が、将来が、夢が、希望が、
大丈夫でありますように」
と。
「大丈夫にはしてあげられんけど」って
照れ笑いをしながら。

「生きろ」と言います。

私と3歳か4歳くらいしか違わないのに。
(いや年齢の問題じゃないと思うけど。)


彼女を見ていると、声を聞いていると、
歌を聴いていると、文章を読んでいると、
私も「何かしたい」と思います。
こんな小さな私では
世界も日本も救えないので、
ひとまず、身近な人たちを
笑わせたり喜ばせたりしたいと思います。
その手っ取り早いのが「絵」だと思って、
私は絵を描きます。
(自分のために描くこともあるけど)




そういえばこの間、
こんな私でも見ず知らずの人たちが
みんな「大丈夫」であるように、
と願った事がありました。


ここに書いていい事なんだか分かりませんが、
まあ、伏せ字しておこうかな、
例の、Kさんの件で。

結局いまだに私は詳しい事は知らぬままですが、
ともかく、彼が亡くなった事で
多くの方がわたわたした事は確かで。
「本当に悲しいのは私じゃなくて
身近にいる人達の方なのに」という事を
拍手コメント(だったかな)で
言っていた方もいらっしゃいました。

ファン心理と言うのは不思議なもので、
冷静に正論で片付けてしまえば
「まったく関係のないはずの人」
のことを心配したり、
その人達の心中を想像して
切なくなったり悲しくなったりするわけで。

心中を想像し、
その悲しさをあわよくば自分が何とかしたいと
思うのに、
何も出来ない自分が悔しくて、歯痒くて。
きっとそういう想いで多くの人が、
「情報」を探したのだと思います。
(私も一瞬そうだったし。)

その気持ちも分からないでもなくて、
でも、当事者達が一番つらいのも確かで。

それを無視してネット上でよってたかって
引っ掻き回すように情報を得ようとするなんて
よくないことだよなあ、と反省しました。


あの時、私はネットを切り、
暗闇でぼんやりCoccoを聴きながら、

「今、色んな想いを抱えてる人がみんな
大丈夫になりますように」

と思いました。

多分生まれて初めて、
見ず知らずの人、
見てるだけで知らない人、達のために
そうやって祈りました。


あの時聴いていたのは何だったかな、
「ジュゴンの見える丘」だったかな。


でもそんな清浄な気持ちになったのもあの時だけで、
私はまたやっぱり、自分の事しか考えられない
生活に戻っていっています。
背筋を伸ばして、
まっすぐ前を見つめて、
願いを、想いを、明確にしないと
「祈りたい」なんて気持ちは
続かないんだな、と思います。

Coccoを見てますますそう思いました。



ラルクとか、今はまっているのでムックとか、
のファンの中には、
「ラルク(もしくはムック)が
至上じゃないなんて許せない」
っていうファンの方も
少なからずいらっしゃるんだろうなあ、
という事を思った上で、
(まあ、そういうファンの方はおそらく
 ここ見に来ないと思うのですが)
私は、
声を大にして
「Coccoが一番大好きです」
と言いたいです。


じゃあCoccoファンブログでも作れよって感じですが、
そこはそれ、彼女は絵を描いたりする事で
愛や敬意を表したいという対象ではないので。
(たまに描くけども)



私はこれからも、
本人に何も伝える事はなく、
絵もたまにしか描かず、
彼女が創るものを見ていつも心を動かしながら、
「好きです好きです」
と想っているだけだと思います。

…いや、こういうところでチマチマと
想いをぶつけるだけだと思います。



なんだか感想なんだか何なんだか
相変わらず分かりませんが、
そういうことで。


読んで下さった方、ありがとうございました。



































I love you.

| Cocco | 17:56 | comments(1) | - | pookmark |
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| - | 17:56 | - | - | pookmark |
コメント
はじめまして

Coccoの映画、映画館で見ました
ぼろぼろに泣いてしましました
Coccoに比べてわたしはちゃんと生きてなくて、
自分が恥ずかしくなりました

単純に、Coccoはすごい、と思いました
拒食症になるまで抱えてしまうCoccoのやってることや
考えてることが正しいことなのかはわからないけど
(この世に正しいことなんてあるのかわからないけど)
Coccoはほんとに全身全霊で生きてるなぁ、と思いました。

「どこかのだれかの車が轢いてくれればいい」
って、実は結構な人たちが心のどっかで思ってると思います。
そんで、そう思うことも「生きる」ってことなのかなぁ、と思ってます。

なんか長々と意味不明なこと言ってすいません;
わたしもCocco大好きです*
彼女の歌は何かを変える気がします。

失礼しました><
| ゆ | 2009/12/04 1:49 AM |
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